PMD - Post Morrissey Depression「モリッシー後鬱」− さようならモリッシー。もうあなたに「ASK」できない。3/3

その3− PMD - Post Morrissey Depression「モリッシー後鬱」の巻 


こんばんは、Blue Cats Cafeへようこそ。
さて、今夜も引き続き少しだけ The Smiths「ASK」について。そして、今のモリッシーの気になる様子についても触れたいと思います。

この曲がリリースされたのは1986年。核戦争の危機がリアルに迫っていた時代です。デレク・ジャーマン監督のプロモーションビデオが80年代の空気をうまく捉えていますね。「爆弾の耐えられない軽さ」的な。

しかしこうして久しぶりに聴いてみるとやっぱりいいですねぇ。先ほどアルバムRankに収録されているライブバージョンを聴きながら歩いていて、ビリビリきてしまった私です。そう、The Smiths は私の遅く来た青春だったのです。完全に中毒になっていた当時でも、歌詞は勉強して知ったので、英語をそのまま理解できる方たちや歌われている景色や社会状況の中で実際に暮らしていた方たちと、彼らの音楽の体験の仕方は全く異なっていたと思われるのですが、それにしてもこの、私という存在自体に共鳴してしまうような感覚、これは一体なんなのでしょうね。単なるノスタルジーでしょうか。

でも本当のことを言ってしまうと、この記事を書き始めるまで、私、最近のモリッシー、全く聴いていませんでした。元中毒患者がほんの一滴のアルコールをも恐れるように、聴くのが怖かったこともあるし、今のモリッシーに失望してしまいたくなかったのもその理由の一つです。
確かに近頃ますますモリッシーが聴きづらい状況になってきています。具体的にどのような状況かというのは、モリッシーの宿敵NMEでうまく要約された記事が日本語で読めますのでこちらのリンクからどうぞ。


そして英語のみですがこちらがモリッシーが自身の公式サイトに掲載した、問題のインタビューです

ぱっと見イギリス版小言幸兵衛なのですが、よく読んでみるとそこここにはあ〜????と目を疑いたくなるような言葉が散らばっています。動物愛護主義を隠れ蓑に(全然隠れ蓑になっていないのですが)、とても幼稚で無責任な、偏見に満ちた発言をしています。「モリッシー、もういいからだまれ!」とか「これでやっぱりレイシストだったのがはっきりした」など、ネット上で炎上し、「だまれ、モリッシー」トートバッグが爆発的に売れたりするのも仕方がないなと思ってしまいます。なんとかまた深読みしたら違う側面が出てくるのではないか…アーティストの作品と本人を分けて考えられるか…いや、前からモリッシーは過激な発言してきたし、歌詞だってそうだった…でもアーティストはしばしば自らある問題に注目を集めるために、そして論争を巻き起こすためにわざわざ過激な行動を取るが、アーティスト自身が過激な信条を持っているとは限らないのだから…などと言って今までモリッシーを信じようとしてきた多くのファンたちが、彼の近頃ますます極右寄りになっていく発言に心底うんざりし、きっぱりと別れを告げているのですね。

しかし!このような騒動になっていて、インタビューも読んだはずなのに、実は私はまだもやもやした気持ちでいました。あのなんだか危なっかしくて、はにかみやさんでやせっぽちの太ぶちメガネの詩人が、口元におかしな笑いをうかべた、恰幅の良い今のモリッシーとはまるで別人のように思えてしまい、何が彼をこうしてしまったのかと(お腹のことだけじゃなくて)少し同情のような感情が浮かんできたりもしていたのです。

ところが終わりは突然訪れました。昨年リリースされたアルバムLow in High School」を勇気を振り絞って聴いてみたのです。収録された曲名を見れば一目瞭然なのですが、恐る恐る歌詞も読んでみました。音楽的に好きでないというのは仕方ないとしても、彼の世界観が実はとてつもなく幼稚なものだったことが判り、愕然としました。そして単純に、このアルバムを作ったモチベーションが一体どのようなものだったのか、不信感を抱きました。なぜ今彼がパレスチナの問題を歌うのか。「Big Mouth」をどうしても閉じていられないというのか、それとも彼の影響力を利用したい、誰かの操り人形になってしまったのか。もう彼が例のインタビューでどんなに弁明しても、私がどれだけ深読みしようとしても無駄な気がしました。モリッシーはもう私の知らない人になってしまっていたのです。

この気づきは痛かったです。どこかから矢がいくつも飛んできて、次々に心臓に突き刺さったような気持ちがしました。私の心はどぼどぼと流血、まるでフリーダ・カーロの絵そして失恋した後のようにしくしく痛むのです。私の場合、しばらく「モリ断ち」していましたから、このように感じるのかもしれませんが、ずっとファンでモリッシーの変化と成長をそばで見守ってきた方達はどのように感じているのでしょう。

結局のところ、私がこのように痛みを感じてしまうのは、私が特別な思いを持っていたのは、私が彼に投影していたモリッシー像でしかなかったということの表れなのではないかと思います。自分を誰よりも理解し、代弁してくれていた旧友に、私のためにいつまでも変わらないでくれと頼むのは所詮無理な注文なのです。それがこっちの思い込みだった場合はなおさら。

ところで今私の頭の中でEveryday is Like Sunday」の後半の部分がずっとリピートモードで流れっぱなしなのですが、

 And a strange dust lands on your hands
 (And on your face)
 (On your face)
 (On your face)
 (On your face)
Songwriters: Steven Street / Steven Patrick Morrissey
1988 Morrissey -Everyday Is Like Sunday」より引用

ふと、私が若い頃に行った大阪公演でこの歌もやっぱり歌っていたのだろうなと、そして私も一緒に歌っていたのだろうな、と遠い昔に思いを馳せていてはっとしました。私はモリッシーがこちら側の人間だと信じていたので、すべて自分の都合の良いように解釈していましたから、この曲のなんとも絶望的な世界観に惹かれました。特にこの On your face… の部分。そして、たとえ自分が被爆者の娘であっても、モリッシーが被爆国で核爆弾よ、落ちろ!と歌うことも受け入れられたのです。気づくと私は本気で涙を流しているではありませんか。これこそPMD、すなわちPost Morrissey Depression!産後鬱ならぬ、モリッシー後鬱!




こちらにそんな元ファンの一人で、最近やっと、そして意外とあっけなくファンが辞められたという方のご意見があります。スタンダップコメディアンのスチュワート・リー。モリッシーのモノマネもやってきた方で、お腹の脂肪もモリッシーの「成長」に合わせて調整してきたという徹底ぶり(?)。読んでいると思わずプッと吹き出してしまう、さすがコメディアンだなあと感心させられますが、同時に痛みもしんしんと伝わってきます。


全部は翻訳できないので、ひとつだけ。これを読んで、結構好きだった同じくコメディアンのショーン・ヒューズが昨年亡くなっていたと初めて知ってショックを受けたのですが、彼のとびきりのモリッシージョークが引用されています。

 “Everyone grows out of their Morrissey phase. Except Morrissey.”
Sean Hughes

 誰もがみな、それぞれのモリッシー期を卒業していく。
 モリッシーを除いて。
ショーン・ヒューズ

モリッシー期というのは「イヤイヤ期」とか「思春期」とかそういう感じ。
私も卒業生なのかな。それでもきっと、The Smithsはもちろん、あの頃のモリッシーはずっと好きでい続けると思います。実際、「This Night Has Opened My Eyes」をはじめ、彼らの生み出した名曲の数々は今も私たちの心を捉えてやみません。そのいくつかは、また別の機会にこのブログでも取り上げたいなと思っています。

親愛なるモリッシー様、
どうかもう一度、あなたの素晴らしい詩で私たちを驚かせてください。
私たちに黒い服を着せたまま、置いてきぼりにしないでください。

…でもモリッシーはこう言うかな。


では。



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